禅語:啐啄同機/そったくどうき

「禅語」は、野登ルンビニ園の創設者であり、龍光寺第四十一世の衣斐賢譲氏が生前よく話して下さった禅の言葉などを思い出しながら綴っていきたいと思います。

卵から雛がかえる時

「啐啄」とは、雛が卵からかえろうとするときに、幼いくちばしで卵の内側からコツコツと突いたとき、耳を澄ませていた母鳥がその瞬間、それに応えて同じころを外からくちばしで殻を突き割って出してやることで、この内側から雛が突くことを「」と言い、母鳥が外からつつくことを「」と言います。

 

 

これは禅書『碧厳録』に有る語で教育の真髄を表わしており、師と弟子・親と子のあるべき基本姿勢を示唆しているのだそうです。

 

「啐」と「啄」の二つの行為が機を同じにし、絶妙なタイミングで行われることを『啐啄同機』と言い、早まって親鳥がつついてしまっても、卵の中からの気配に気づかずつつかなくても、健やかな雛は生まれてきません。

母と子の心の交わり

子どもの荒れた現状に警告を鳴らす評論家の芹沢俊介さんは「授乳中も携帯電話のメールに熱中するような“空洞化”した母親が増えた。『死ぬ』『殺す』と叫ぶ幼児が目立つのも、こうした『いるのに、いない』親の影響が大きいと著書の中で述べています。

 

 

子「ねえ、お母さん」

母「待って!」

こんな会話があった後、必ず「おまたせ」とお子さんの話を聞いていますか?

子どもはお母さんの用事が済むまで待つことができていますか?

実は、待てる状態を日ごろから作るのは簡単なのです。

「待ってくれてありがとう」と、時間が出来たら話を聞いてあげることを少し繰り返すだけで、子どもはきちんと待てるようになります。

 

もしお子さんが自分の思いを通すまで泣き止まなかったり、待てずにどんどん話を進めたりしているのなら、きっとそのお子さんにとっての「待って」は「忙しいから話しかけないで」と響いているのかもしれません。