子どもにとって必要な「しつけ」のお話

「しつけは教育の根幹である」

「子どもは理由をあげず厳しくしつけるべきである。しつけをおろそかにすると、生意気とこまっしゃくれが芽を吹き出す」

と、200年程前のドイツの哲学者ヘーゲルが言ったそうです。

そのお話を伺ったのは今から20年程前でしょうか、当時鈴鹿国際大学名誉学長であった勝田吉太郎先生と教育についての対談をした時でした。

 

それまでは、理由をあげないと相手は納得しないと、どこかで思っていたので、目からうろこが落ちると同時に、非常に腑に落ちたお話でした。

 

以下そのお話の内容の一部抜粋

幼児教育が重要な時期は3、4才から小学校高学年になるまでで、近隣の人々の指導、教育、社会(コミュニティー)にも深く関係します。

躾という字はわが国で出来た国字です。「身を美しく」という礼儀作法、身の振る舞いに対する日本人の美的感覚の意味がにじみ出ています。

そういう意味での躾というのは何でもかんでも保育園、幼稚園また小学校の先生にまかせれけばいいというものではなく、家庭教育の中で、母親、父親がしっかり施していくことが最も重要なのです。

 

 

短くひとこと「だめです」

「理由をあげずしつける」とは、「だめなものはだめ」と、いけない行動や子どもにとって好ましくない行動に対しては、どんな時も方針を変えずに徹底して「いけない」と教えることです。

 

ポイントは感情は込めないこと。

淡々と、短い言葉で「だめです」と伝えるだけでかまいません。

 

 

注意する時に怒りをともなってしまうと、子どもは「いけないことをした」ことは忘れてしまい「怒られた」という感情だけが印象に残り恐れが生じます。

 

せっかく「だめなものはだめ」と教えても、親が怒りと共に言葉を吐き出してしまうと、お子さんは怖れから逃れるために、親に隠れてやりたいことをするようになります。

また、親が人目を気にして怒らない状況などを選んでわがままになります。

 

園や学校と家庭では言動が全く違うというお子さんは、家庭での過干渉やよく怒られているお子さんに見受けられるような気がします。そして成長するとそれが精神的な弱さや、精神を病んだりすることにもつながってしまうという例も見てきました。

 

 

人間力を高めるために

「理由をあげてしつける」ということは「理由がなければ制止出来ない」という裏返しになってしまいます。

「そういうときは、~~だからしてはいけないのよ」などと優しく諭し、理由を伝えて納得させているといずれ子どもの質問に答えられなくなる日が来るでしょう。

 

厳しくしつけられていなので、大きくなってからの叱られる体験が耐えられないということも出てくるでしょう。

 

さらに、制止される理由がなければやめなくなります。それがもし他人を傷つけることや常識的に許されないことだったとしたら・・・

 

大げさなのかもしれません。

しかし、子どもの頃に身に付いた感覚は、大人になっても必ず残っています。

 

困難にも立ち向かえ、自分を律することが出来る大人に、順調に育っていく為に必要なものが、子どものしつけなのです。

 

具体的にどうすればいいのか、簡単なしつけの仕方でお話をいたします。