薫〜教育の在り方

園長になってすぐの頃、保育関係の講演会で薬師寺の山田法胤菅主(当時)の法話を拝聴しました。

今は勇退され薬師寺の長老になられています。

 

 

教育を『薫』という言葉にたとえてのお話だったと記憶していますが、それまで私自身上手く言葉にできず、相手に伝えられなかったことを、はっきりと具体的に教えていただいたようで、その時非常に感激したことを今もはっきりと覚えています。

 

そして、今日までその考え方に基づいて、園の保育を考えてきたと言っても大げさではありません。

 

 

今回は簡単にそのお話をしてみます。

 

薫(くん)

深い霧の中にいると、いつのまにか着物がしっとり濡れてきます。

いつでもお線香を焚いている仏間は、部屋全体に良い香りが染みつき、常にお香の香りがしています。

 

 

仏教では、「薫習(くんじゅう)」と言って、「お香のかおりがいつのまにか身体に染み込んでいくように、すぐれた人と行動を共にしていると、気がつかないうちに、自分もすぐれた行動をとるようになる」と教えています。

知らず知らずのうちに、付き合う相手の行いや考え方が深層心理に影響を与えていくことを意味しているのです。

 

子どもが見ている

子どもの精神に染み込んでいくのは、周りの全ての大人の行動や考え方です。

朝お子さんをお預かりしてから夕方まで一緒に過ごす保育士の行動が、子どもに影響を与えないわけはありません。

 

 

怖いですね。

だからこそ、自分を律する気持ちのある保育士でないと、「薫」の保育はできないと思いました。

 

 

それ以来、職員たちの箸・ペンの持ち方や挨拶から始まり、思いぐせや考え方など、保育以前の教育に力を入れてきました。

 

 

子どもたちは見ています。そして真似をします。

 

保護者の皆様、お子さんが担任の口癖などを真似しているのをよくご覧になるでしょう?(笑)

園でも、大人の口調でおままごとをしていると、ご家庭での様子が見えてきます。

 

だから、夫婦喧嘩を子供に見せてはいけないのです(笑)

 

小学生になっても忘れない

ある卒園児の保護者の方が小学校の授業参観の様子を、お話しして下さいました。

「ルンビニの卒園生は背筋が伸びていて発言も多く、しっかり手を上げてた。すごいと思った」

 

 

背筋を伸ばすことや、手を真っ直ぐ上げることを必死で教えたのではありません。

毎日の「薫」の結果です。

 

1才児の頃から、食事の時の姿勢をゆるく教え始めます。

3才くらいでは、スプーンフォークが鉛筆持ちになるよう指導します。

年少、年中と、上手く持てている子を誉めながら他の子も意識するよう促します。

年長になると茶道が始まるので、美しい正座の姿を習います。

そして、手をあげて発言することが普通になるよう、決して否定せずその時の意見を誉めます。

 

本人は知らず知らずのうちに身についていくのでしょう。

まさに「薫」ですね。

 

 

それに気付かれた保護者の方の感覚も、子どもたちが維持してくれていることも、本当に嬉しかったです。

教えたことより日々目にした事を覚える

勉強する姿を見せたことがないお母さんが、いくら

「勉強しなさい」

と言ったとしても、説得力はないですね。

 

逆に、見せるつもりもなく、何かに取り組んでいる姿を、お子さんはしっかりと観察していませんか?

そして、それを真似したりしていませんか?

 

そんな日々の積み重ねの結果と、本人の強い興味の先に「勉学」があることが理想ですね。